今年最後の朝の稽古

今年最後の朝の稽古を終了しました。いつも思うのですが休みの日の朝6時30分~近くの公園でウオーミングアップを兼ねた

基礎体力アップのトレーニングをし、その後道場(公民館)に場所を移し9時30分まで形と約束組手などの稽古を行います。

私は、もともとセンスがなかったので人よりなる為、うまくなる為には道場の稽古だけでは追いつかなかったので、30年位やって

いますので朝少しでもやらないと一日が始まらないように、習慣になってしまいました。しかしそこまでは結構時間がかかり、若い

時には特に、遅くまで仕事が続いたり飲み会など遊ぶのにも忙しく、今日ぐらいはいいかと近いうちに大会等もないし、などと自分

を納得させる自分がいます。そこで10分位自分との葛藤があり、自分に嘘をついても自分が一番わかっているのでとりあえず

今日は、軽くやって早めに終わろうと言い聞かせやっている事も多かったと思います。もともと小学生のころから肥満体で、運動

会でも自慢じゃないが、後ろから1番かよくて2番でした。私の幼稚園からの親友が、スポーツ万能、頭もソコソコ、顔もよしで

いつもその彼の引き立て役のような人生でした。(暗くはなかった)女の子が近寄ってきても、そいつの橋渡し役を頼まれることが

100%でした。漫才のネタのようですがほんとです、中学に入りこのままでは私の人生は暗くなると思い、背も低かったので、バス

ケット部に入り痩せて頑張ろうと思いましたがそんなにうまくはいかず、スピードに全然ついていけなく、練習にもついていけなくて

仲間に迷惑をかけていました。ただ少しラッキーだったのはそこの学校のバスケット部が弱かったので、それほどレギュラーが

高いハードルではないと思い、練習が終わって家に帰って、毎日6キロ走ってダッシュやターン、ドリブルなどの練習を休まずに

やり始めました、私の自主練習はそうゆう事から始まりました。空手からではありません、しかしそのかいもあって2年の時から

試合に出れるようになり、気がついたら結構痩せていました。但し私の学校のレベルが低かったことがかなり幸いしています。

何せ28連敗位していたと思います、どことやっても勝った記憶がありません。やっているうちに少林寺拳法の道場に通いだし

それから、空手の道場に通い、高校から空手を本格的にやり始めました。それには色々と事情もありますがまたにします。

そお言う事で、私の自主トレは始まりまして、今迄を振り返っても何十人かの人が一緒にさせて下さいと参加をしてきましたが

何人かしか続かなかったです。それでも最初のころは休まないように前もって連絡を入れたりと気を使っていましたが、何を

しても来なくなる人は、来なくなるという事を学びました。こちらが誘ったわけではないけれど結構すぐに熱くなる方なので、勿体

ないと私よりずっとセンスもあるのに、もっと練習をすれば結構上を狙えるのにと思うと腹が立つことも何度もありました。

しかし、朝の稽古だけではなく、空手を続けることの意味を考えてほしいと思います。誰の為にやるのではなく、自分の為に

やっているという事、きつくても、つらくても継続をさせていくことが自分の人生に大きなプラスに働くことは間違いないと、私は

思っています。簡単にあきらめない心、考える知恵、人に対する優しさなどそお言う所から見についていきます。いくら理屈を

こねくり回しても、実行している人には勝てません、私は自分の経験上断言します。ただ私たちの役割は、そうはいっても人間

は弱いですから、悩んだり、迷ったりする事があります、そお言う時に背中を押してやるのが私たち指導をするものの勤めでは

ないかと思います。じっさい私も師匠に見こまれたのはうれしいのですが、若かったのでさぼったり、負けたりするとやめようかな

と思ったこともありましたが、1会休むと会社に電話が入り、2回休むと会社に来るような人でした、最初はこの人はおかしいのでは

と思っていましたが、やはりおかしかったです。それは別にしてそお言う事をしてくれる師匠がいたから今の私がいます。

感謝しています、今朝の稽古は指導員以上でやっていますが、強制はしていませんさすがに人数は少ないですが、私はやる気の

ある人と稽古ができることに喜びを感じています。これからも死ぬまでやり続けようと思っています。そこがスポーツと武道の違いの

一つではないかと思います。